人工知能のことがちょっとだけ身近に感じた話

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フィンテックや最適化方面の人工知能は「人工知能だからこれができる」というよりは「人がやっていて自動化すればこんなに簡便化できる」みたいな方向に完全に寄っているため、やっていることそのものにあまり新味はないのです。



ずっと人工知能を人の仕事を代替してくれるものと考えていた。スーパーのレジの自動化とか、自動運転とか、簡易診察システムとか。でも、山本一郎氏のコラムとブログを読んでみて、ちょっと腑に落ちた。
おれがずっと愛用しているAHKみたいなもんなんだね。

AHK (AutoHotKey) はPCの操作を半自動化できるスクリプト。「PCを起動したらブラウザとメーラーとテキストエディタを立ち上げてニュースサイトを開く」なんてことをキーひとつでできるようになる。しかしこれらはスクリプト側が自動で選定して起動してくれるものではなくて、事前に自分で動作を設定しないといけない。簡易的なプログラムみたいなもの。
こうしたことをPCだけではなく、現実世界でもできるようになるということなんだろう。

こうしたことを現実で行うとしたらなんだろう。「冷蔵庫の中身をチェックして足りない常備品を通販サイトに注文して郵便物を仕分けて期日の優先順位順に並べ一日に数回猫のご飯をジャラジャラ出してくれる」とかかな?

そう考えると人工知能がひとりで勝手になんでもやってくれるというものではない、ということがわかる。
結局は使う側が適材適所に配置して適切な使い方をしないと効果は出ない。

今現在の便利ツールであるPCやスマホをどう使うか、ということとも似通っているように思える。
YouTube観てLINEとTwitterやっておしまいという使い方もあるし、バリバリ仕事で使って効率化最適化しまくる使い方もあるし、通販サイトで価格比較してお得にお買い物という使い方もある。

そういう風に捉えると、よくわからないものだった人工知能が身近に感じてきた。なんだか楽しみになってくる。


今もっとも身近な人工知能といったらロボット掃除機だろうか。
ウチみたいな狭くて足元がごちゃごちゃしてる家では必要ないんだけどね…。

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