イルカ漁業とイヌイットとヴァイキング

■太地町のイルカ漁業に対する和歌山県の公式見解

●太地町でのイルカ漁業に対する和歌山県の公式見解|和歌山県ホ-ムペ-ジ

地域に、その土地に根付いた営みを尊重するということは、多様性を考える意味で大切なこと。
リンク先ではイルカ漁業を現在でも受け継がれ続けている日常的な営みの一部と捉え、伝統文化と呼ばれることへの疑問にも触れられている。

ちなみに太地町の読み方は「たいじちょう」。

  しかし、2008年12月以降は、イルカが死ぬまでにかかる時間を短くするために、デンマークのフェロー諸島で行われている捕殺方法に改められています。この方法では、捕殺時間は95%以上短縮されて10秒前後になりました。イルカの傷口も大幅に小さくなり、出血もごくわずかになりました。


おっ、デンマークのフェロー諸島ということはイギリスはスコットランドの北端近く、アイスランドとノルウェーの間だ。
ということは用いられる技法はイヌイット由来のものではないかな?


フェロー諸島は以下のような場所だ。


●フェロー諸島 - Google マップ
リンク先には他にも多数の画像がある。

これらの写真を見てみると、荒涼とした痩せた大地で、農地としては不向きであることがひと目で察せられる。お世辞にも豊かな土地とはいい難い。
海の恵みのひとつである捕鯨は貴重な資源であることが理解できる。


●シー・シェパードVSデンマーク 日本が学ぶべきフェロー諸島の対策 -  佐々木正明 (産経新聞社外信部記者)

こちらのリンク先では、フェロー諸島の簡単な歴史と、現代の生活様式について触れられている。


●CNN.co.jp : 日本の捕鯨船妨害活動、シー・シェパードが中止を発表 - (1/2)

シー・シェパードと言えば、最近でも捕鯨に関するニュースが注目を集めていた。


■イヌイットとノルウェー人ヴァイキング


イヌイットのクジラ漁とバイキング(海賊)となったノルウェー人との対立の話は、ジャレド・ダイアモンドの『文明崩壊 - P515』で解説してある。
ここら辺、めちゃくちゃおもしろかった。

読んだ内容を整理するため、咀嚼した内容を書いてみる。
初めに断っておくと、筆者には他の前提知識や予備知識はなく、以下のほとんどが『文明崩壊』からのもの。


中世ヨーロッパのヴァイキングは海賊としての性格もあるが、新天地を求める入植者としての意味合いのほうが強い。だから日本でよくイメージされる「野郎ども、お宝ざくざくぶん取れぇ~!」「宴だぁ~!」とは少し違う。
伴侶となる女性はもちろん、家畜として羊やヤギを連れて行ったし、土地が見つかりさえすれば農業や牧畜もしていた。


■赤毛のエイリークとグリーンランド

そんなノルウェー人ヴァイキングが入植した土地のひとつがグリーンランド、現代のナルサルスアク近くの東入植地だった。
980年頃のこと、グリーンランドに最初に植民地を築いたのは「赤毛のエイリーク」と呼ばれるヴァイキングだったとされている。

以下はグリーンランド、ナルサルスアクの写真。


●ナルサルスアク - Google マップ
リンク先に多数の写真がある。

画像はナルサルスアクでも緑豊かな場所のもの。グリーンランドのなかでは緑の多いほうなのだが、非常に痩せた土地で、木々は細く、ろくに建築や木造物にも使えないことが察せられる。
もちろんヴァイキング時代とは気候や状況も違うのだけど、恵まれた土地ではないことはよくわかる。

「グリーンランド」の名は、緑豊かな土地だから名付けられたのではなかった。エイリークがその土地に入植者を呼び寄せ、王として振る舞うために魅力的な名を付けたのだ、と考える歴史学者もいるそうだ(『文明崩壊 - P423』)。


■グリーンランドでのヴァイキングとイヌイットの対立

捕鯨、イルカ漁業、クジラ漁は数百年、数千年という時間を経て練り上げられた高等技術。新天地を求めて海に乗り出したノルウェー人ヴァイキング達は、そうした技術を編み出せなかった。
グリーンランドに入植したノルウェー人は、約450年のあいだ居住することはできたが、最終的には気候の変動などによる環境変化に耐えられなかった。捕鯨で食料を安定的に得ることができず、鯨油や鯨ひげなどの貴重な資源にも頼れなかった。

特に肉類の欠乏は明らかで、グリーンランドのノルウェー人は間引きした家畜の骨まで細かく砕き、文字通り骨の髄まですすった。
一方で、高度な捕鯨技術を持ち狩猟にも長けていたイヌイット達は、骨髄や脂肪類を廃棄し腐るままにするほどの余裕があった。イヌイットの遺跡では、腐敗物を餌とするハエの幼虫の化石が大量に見つかっているが、グリーンランドのノルウェー人遺跡ではほとんど見られない(『文明崩壊 - P449』)。

常にタンパク質が不足しがちだったグリーンランドのノルウェー人は、なぜか魚食を生活に取り入れることはなかったようだ。遺跡からは魚類の骨はほとんど出土せず、釣り針や網針などの漁業用の道具も見つかっていない(『文明崩壊 - P459』)。
ノルウェー本土のノルウェー人達は、魚を豊富に食用としていたので、民族的な禁忌もなかったはずなのだ。

ひとつ考えられるのは、イヌイットへの軽蔑と対立だ。
ゲルマン人種であるノルウェー人は、モンゴロイド起原のエスキモー人種であるイヌイットとは、文化はもちろん見た目からして違う。

ノルウェー人は、入植地の先住民であるイヌイットや、イヌイット以前より入植していたドーセット人達を「スクレーリング(愚劣な民、野蛮人の意味の古語)」と呼んで軽蔑した(『文明崩壊 - P523』)。
ノルウェー人の信仰するキリスト教の価値観は、土着民と交わることを許さなかった。背格好、体格、肌や髪の色まで異なる彼らを、学ぶべき先住民とは認められなかったのかもしれない。

理由はどうあれ、ノルウェー人達がイヌイットの英知を学ぶことはなかった。イヌイットの文化や食生活の痕跡は、ノルウェー人の遺跡からは発見されていない(『文明崩壊 - P526』)。
彼らの美意識は、魚食にまで及んだとは考えられないだろうか。

教会の権威は民族としての尊厳と帰属意識を維持し、ノルウェー本土とのつながりを保つ役割があった。困難を乗り越える礎ともなっただろう。しかし皮肉にも、ノルウェー人の「神」は、最終的には彼らを救えなかった。

また、ノルウェー人自身による自然資源への環境侵害も消滅を早める要因となった。
木材や土壌を過剰に消費し、環境を維持できる以上の家畜を飼うことで、知らず知らずのうちに土地は痩せ細っていった。

キリスト教圏の生活様式に固執し、先住民の文化を受け入れる柔軟性を持てなかったことが、彼らの衰退につながった。
ノルウェー領グリーンランドに入植したノルウェー人ヴァイキングの子孫達は、約450年のあいだ耐え忍んだが、1400年前後には消息を絶った。


■フェロー諸島とデンマーク人の入植

●フェロー諸島 - Wikipedia
●歴史と文化|デンマーク大使館

一方で、1721年に入植し始めたデンマーク人は、イヌイットの技術を尊重し、彼らから漁業の技術を学んで採り入れた。また、デンマーク人はイヌイットと進んで交易などを通じて交流し、友好的な関係を築いた(『文明崩壊 - P527』)。
こうした歴史を経て、現代のフェロー諸島はデンマーク王国内の自治領となっている。


■海の恵みのありがたみ

太地町やヨーロッパのスカンジナビア地方の入植地においては、イルカ漁業や捕鯨は、集団の存亡を左右しかねないほどの重要な資源だったことが伝わってくる。
クジラやイルカに助けられてきた民族にとっては、これらは恵みの神そのものだったのだろう。
クジラやイルカそのものを神というより、それらをもたらす海や、先祖代々受け継がれた漁業技術などを広く内包する意味でのありがたみであり、次代に受け継ぐべき無形資産となっている。



このエントリーの内容は『文明崩壊 上』からのもので、それを元に一部想像を膨らませたり自由に考察した。
数字や根拠が求められる部分は、文末に参考ページを付記した。


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